ログインその夜、浜辺には誰もいなかった。
潮騒と、静かに寄せては返す波音だけが、月明かりに照らされる砂浜を支配している。
俺はそこに立ち、夜空に浮かぶ満月を見上げていた。
真珠のように白く、冷たく、けれど凛とした輝きを放つ月。その光は海面に映り込み、揺れるたびに形を変え、まるで手を伸ばせば掴めそうに思えるほど近くに見えた。
「……きれいだな」
小さく呟いた声は、夜風にさらわれて消えていく。
急に胸が締めつれられるように苦しくなる。何かは分からないけど、大切なものが無くってしまうような。そんな、胸にぽっかりと穴が空いた気持ちになった。
どうしてか分からない。俺はただ、月を見ているだけなのに――頬を伝う涙に気づいた。
何に泣いているのか、自分でも分からなかった。
ただ、この光に触れたとき、心の奥で誰かを待っているような、取り戻せないものを探しているような、そんな感覚に押し流されていた。
この涙は、これから始まる長いようで短い青春の一幕を予感していたのかもしれない。
やがて俺は、袖で涙を拭いながら振り返り、月を背に歩き出した。これから始まる物語は、俺にとって忘れられない――いや、忘れちゃいけない出来事だということを、この時はまだ知らなかった。
その夜、浜辺には誰もいなかった。 潮騒と、静かに寄せては返す波音だけが、月明かりに照らされる砂浜を支配している。 俺はそこに立ち、夜空に浮かぶ満月を見上げていた。 真珠のように白く、冷たく、けれど凛とした輝きを放つ月。その光は海面に映り込み、揺れるたびに形を変え、まるで手を伸ばせば掴めそうに思えるほど近くに見えた。「……きれいだな」 小さく呟いた声は、夜風にさらわれて消えていく。 急に胸が締めつれられるように苦しくなる。何かは分からないけど、大切なものが無くってしまうような。そんな、胸にぽっかりと穴が空いた気持ちになった。 どうしてか分からない。俺はただ、月を見ているだけなのに――頬を伝う涙に気づいた。 何に泣いているのか、自分でも分からなかった。 ただ、この光に触れたとき、心の奥で誰かを待っているような、取り戻せないものを探しているような、そんな感覚に押し流されていた。 この涙は、これから始まる長いようで短い青春の一幕を予感していたのかもしれない。 やがて俺は、袖で涙を拭いながら振り返り、月を背に歩き出した。これから始まる物語は、俺にとって忘れられない――いや、忘れちゃいけない出来事だということを、この時はまだ知らなかった。
「今日は一段と眠そうだな、鉄」「どうせ夜遅くまでゲームしてたんでしょ」 朝の教室。賑やかな声に肩を叩かれ、俺は顔を上げた。 声の主は、幼馴染の戌亥 甚太と柊 蓮花。小さいころからずっと一緒にいて、高校に入っても相変わらずの付き合いだ。 ちなみに俺の名前は虎牙 鉄弥。白銀海聖学院の二年生。海沿いに建つ中高一貫の進学校で、制服からはどこか上品さが漂っている……らしい。少なくとも俺はそう思ったことはないが。「そんなんじゃねーよ。ただ、昨日は月がきれいだったから」「ああ、満月だったな。……お前、また浜辺でぼーっとしてたのか?」甚太が呆れ混じりに笑う。「ほんと好きねぇ、ロマンチストっていうか。今度ポエムでも書いて読み上げなさいよ!」蓮花はくすっと笑って俺をからかう。「そんなの書けるかっての!」 俺が抗議する声をかき消すように、チャイムが鳴った。すでにホームルームの時間だというのに、担任はまだ来ない。「なんでも今日来る転校生が遅れてるみたいだぞ」甚太が小声で教えてくれる。 なるほど、それでみんな騒いでいたのか。耳を澄ませば、クラスのあちこちで「男かな?」「女かな?」「可愛い?」「カッコイイ?」と盛り上がっている。まったく、高校生にもなって転校生でこんなに浮かれるとは……。 ……いや、可愛い女の子だったら俺も浮かれる。できれば、アイドル級に可愛い子が来てほしい。「鉄、お前はどっちだと思う?」「もちろん女の子だな。可愛いならなお良し!」「はは、即答かよ!」「まったく……。目の前にこんなに可愛い女の子がいるのに」蓮花が拗ねたように唇を尖らせる。「いやお前はもう見慣れてるし」「だな」「二人揃ってハモるなーっ!」 俺たちの笑い声に混じって、教室のドアがガラリと開いた。担任が入ってきて、教壇に立つ。「はいはい、席につけー。今日から転校生が来るぞ。みんな仲良くしてやれよ。……じゃあ、入ってきてくれ」 次の瞬間、教室の空気が凍りついた。 月の光を閉じ込めたような黒髪が背中まで流れる絹のような艶めいて、透き通る白い肌に、わずかに陰を宿した大きな瞳。 ――完璧な美貌の少女が、そこに立っていた。「椿 小夜と申します。家の事情でこちらに転入することになりました。……どうぞ、